出雲地方独特の酒、地伝酒の復活
出雲地方には太古から伝わったとされる地伝酒(じでんしゅ)という出雲独特の酒があり、昭和18年(1943)ごろまで造られていた。
地伝酒は古くはもっぱら飲料とされていたが、近年は調味酒として使用され、のやきかまぼこ、宍道湖七珍料理など出雲の郷土料理の基調となすものとして珍重されていた。しかし戦時の統制経済で製造が中止された。
特産品の振興を目指して松江商工会議所が平成元年(1989)1月に市内の料亭・酒造・醤油等の食品業者、工芸作家等を集めて「MATSUE流の会」を発足。会員間の意見交換の中で地伝酒復活の話が持ち上がった。
「昔は地伝酒という調味酒があり、その地伝酒を使ったのやきかまぼこが懐かしい」という発言があり、また業者の方にも昔ののやきかまぼこをもう一度作りたいという熱い思い入れがあった。
昔の醸造方法を紐解く
まず、当時地伝酒と類似していると思われる酒でいくつか料理を作って試食し、同時に資料収集に取りかかった。そこで苦労したのは醪の酸を中和し、地伝酒特有の香りを出すために仕上げの段階で入る木灰の精製方法だった。
この時期は地伝酒の造り方や味を知る人が少なくなり、地伝酒を復活させるならば今しかないという状況であった。
復活への一歩 試験醸造へ
平成2年2月(1990)、松江税務署から試験醸造免許をもらい、仕込準備に取りかかる。3月、朝7時から島根県立工業技術センター堀江修二科長に指導を仰いだ。 約3ヶ月間じっくり寝かせ完全発酵させた。上澄みができたら精製した木灰を加えて仕上げをする。
復活した地伝酒
搾った地伝酒は油のように濃く、甘く、旨味の強い、日本酒と味醂の中間的なものであった。甘味は味醂の半分で旨味は3倍から5倍もある。また赤くなるのは弱アルカリ性で糖とアミノ酸が結合するためである。
地伝酒の広がりへの期待
MATSUE流の会では、50年ぶりに復活させた地伝酒を用いて、実際にアゴのやきをはじめいろいろな出雲料理に使用してみた。創業250年を誇る松江の青山商店では、戦前までは地伝酒を使ってアゴのやきを作っていた。戦後はその代わりに酒と味醂を使っている。
MATSUE流の会の会員でもある青山さんは地伝酒によるアゴのやきをよみがえらせた。先代の社長が子どものころに手伝った程度で、地伝酒の配合具合がわからず、砂糖などの加減にも苦労したというが、科学調味料を一切入れず仕上げることができた。
地伝酒入りのアゴのやきは、従来の物よりもふっくらと焼き上がり、歯ざわりも柔らかい。味はさっぱりとし、皮はこんがりと色よく仕上がった。